『新しい時代のお金の教科書』


超読みやすい本に関わらず、奥深い知識と思考によって裏打ちされていることが伝わってきます。まさに「お金の教科書」と呼べる本でした。


 

 

 

貨幣の欠陥

最近はお金って便利なようで欠陥だらけだなー、と思います。まあお金を生み出し使ってる人間が欠陥だらけなので当たり前なのですが(汗

 

私は資本主義の一番の問題は格差ではないと考えます。貨幣の本質的な問題は、格差ではなく文脈の毀損ではないかと思うのです。(中略)商品の背景には、企業や人々の営みがあり固有の物語があります。それらは、数値で表現し比較できるものではないはずなのです。

 

これは「うおおおお!その通りだ!!!」と思いました。例えば100円のリンゴがあったとして、どのリンゴも同じ100円です。サンふじよりもジョナゴールドの方が若干安いな…くらいしか思いません。

でも、その約100円のサンふじを使ったリンゴ農家さんは一人一人違いますし、その人が置かれている状況、リンゴに込めた想いや苦労、喜び、さらにその家族と農家ネットワークとのかかわりなどなど、幾多のコミュニケーションと想いが重なった結果そのサンふじは生まれているわけです。ジョナゴールドにも同様に一つ一つ物語があるわけですね。

 

「100円」と表した瞬間に、その物語は失せて消えます。そのリンゴが本来持っている情報は僕たちは知ることが出来ません。知ることが出来なければ、そこに価値を感じることも不可能です。

 

それは明らかに貨幣の欠陥ですが、著者はこうも述べています。

貨幣とその蓄積である資本は、数字というもっとも汎用的、逆に言えば抽象的・匿名的な財の形をとった”完全言語”です。

 

 

数字は強いんですね。分かりやすい。誰でも分かる。アラビア語圏の人もスペイン語圏の人もフランス語圏の人もみーんな分かる。すぐ分かる。

数字である貨幣が強力であるがゆえに起こる弊害を打ちこわし貨幣をより良いものにしたいと思いました。この文章を読んで、僕が良く思う事とリンクしました。

 

言語を更新したい。

 

 

言語ははるか大昔に発明された史上最大級の歴史的なテクノロジーですが、あまり改良、進化しているようには思えません。せいぜい「ヤバい」がかなり汎用的で使いやすくなったのと多少の横文字が入ってきたくらいです。他の社会問題の原因を考えている時も「言語の不完全さ」というのにはよくぶち当たります。

完全言語を超える言語を。それはつまり、貨幣を超える貨幣を生み出すことであり、数字を超える数字を作り出すということです。具体的な作り出し方は分かりません(笑)模索中です。

 

 

 

需要供給曲線は古い!?

著者は以前から考えられてきた「需要と供給によって市場価格が決まる」とされてきた考え方がこれからは通用しなくなってくるだろうと言ってはります。それは消費と生産の境界があいまいになってくることが予想されるからです。

 

例えばホームパーティーの参加者はみんなが消費者でみんなが生産者でしょうか? もちろんわけられません。参加者すべてが場を盛り上げ価値を創り出し、それをみんなでわけあうのです。

 

モノ消費からコト消費へと移行した世界では、確かに共通の「体験」が価値を持つようになってきます。そうすると確かに、需要と供給のエージェントが分かれているという前提は成り立たなくなりますね。全然考えたことなかった。

 

こういうこと(アダムスミスやマルクスが考えた素晴らしい通説が成り立たなくなりつつあること)は、ちらほら見えるようになってきたように思います。

例えば、減価償却という概念は資本主義経済の構造を考えるうえである程度重要だと思います。減価償却とは、例えば、スマホを買ったとして、1年2年…10年と使っていくうちにバッテリの減りが早くなり画面はバキバキに割れていきます。時間が経つにつれて商品の価値は減っていきます。

 

しかし、現在はサービス産業が盛んになってきたので、例えばFbやGoogleなど、使えば使うほどサービスの価値が高まってくるものが多く出現しています。これは減価償却と全く真逆の現象です。

 

「何に価値が見いだされるか?」「お金の本質は何か?」を最低限分かるようになっておかないと、この先思うように生きていけないと感じました。

ちなみにお金とは「譲渡可能な信用」と本書では書かれています。個人的にはお金の本質はいくつものレイヤーがあり、その一つは「信用」、他は「時間」や「生命エネルギー」といった要素があるはずだと考えています。ここはまたいつかブログに書きます。

 

 

お金とは何か。人間とは何か。生命とは何か。

この本のプロローグの部分はずっと感動しっぱなしでした。著者の社会をより良くするという想いとそれを知識と実行の両面からアプローチしていること、更には相手目線を忘れない思想が伝わってくるからです。

 

そして、感動した部分がもう一つあります。それは「お金とは何か?」という話の本書の最後で「人間とは何か?」という話をしているところです。

お金とは何か?をたどっていく為には、結局は「Natureとは何か?」「人間とはな何か?」「知性とは何か?」「自分とは何か?」「社会とは何か?」「意味とは何か?」「価値とは何か?」「自由とは何か?」「生命とは何か?」といった疑問に辿り着くのだと悟りました。

 

いつも大きすぎる哲学にぶち当たってしまうので、この哲学をしている時間はあるのか?と疑問に思うときがありますが、やはりそれはradicalな問いであり、そこを解明することが幸せを探求する上で必要な作業なのだと確信しました。

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