『それをお金で買いますか』


ハーバードで一番人気だったというマイケルサンデルさんの本。資本主義に道徳的な側面からズバズバ切り込んでいきます。うーん、考えさせられる…

 

プレゼントより金をくれ

経済学の観点から見ると、プレゼントはあまり良くないのだそうだ。恋人の誕生日にプレゼントを渡す場合、あれこれ「ネックレスにしようか、時計にしようか、バッグにしようか、、、」と考えるよりも現金を渡してしまった方がいいらしい。

誰しもあるだろう。「ああ、、、気持ちは嬉しいけど絶対これ使わんな、、、」っていうプレゼントをもらったことが。

自分が欲しいものは自分が一番分かっているので、1万円分の時計をくれるよりも1万円をそのままくれた方が効用が大きいのだ。

 

ただ、誕生日に恋人から「はい!私からのプレゼント!」と言って現金を手渡されたらなんかちょっと寂しい…(笑)

すべてを市場に任せる、という経済の仕組みだとこういう寂しい世界になってしまう。

 

愛とか利他心とか寛容さとかに市場の原理を持ち込むと、腐敗が起こるらしい。

例えば、親がいない子供と子どもを産めない親世代をマッチングする養子ビジネスを始めたとする。そうすると、子供に値札を付けると親の無条件の愛という規範が腐敗すりし、子供の価値は人種、性別、将来性、身体能力などで決まる考え方が強化されてしまう。

 

 

信用経済の恐怖

愛や利他心が市場の原理を介入させない方がいいものなのだとしたら、「信用」についてはどうだろうか。

クラウドファンディングのような信用経済がテクノロジーの普及とともに、成り立つようになってきた。クラウドファンディング上でいくつもプロジェクトを成功させているキンコンの西野さんは「信用を売れ!」と良く言ってはる。

 

リターンを求めて信用を売るっていうのは、何か違和感がある。奢ってもらえそうだからここは持ち上げておこう、みたいな感じ。そういう意味では「信用」は愛とか利他心と同類なのではないだろうか。信用経済は既存の市場の原理では測れないもっと複雑なものなのかなーと思う。

しかし実際には、西野さんがやるクラウドファンディングは”善の信用”が循環している。お金を出した方もハッピーだし、企画を実現できた人もハッピー、社会にも新しい商品・サービスが出てハッピーだ。たぶんそこに気持ち悪さを感じないのは、「温かみ」(これまたあいまいな言葉だけれど)があるからだろう。

 

「温かみ」が感じられなくなった時点で信用経済は気持ちの悪いものになり、みんながみんな、「裏に何か隠しているのでは…?」と勘ぐり合う気持ちの悪い世界になってしまう。

 

なので、「愛」「信用」「寛容性」「善意」みたいな不確かで曖昧なものをキチンと評価していく社会を作っていく必要がある。本書ではこう書かれている。

市場主導の社会の欠点の一つは美徳を衰弱させてしまうことだ。利他芯、寛容、連帯、市民精神は使うと減るようなものではない。鍛えることによって発達し、強靭になる筋肉のようなものなのだ。

 

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