『どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』


最近は「ヒトとは」「幸せとは」「経済とは」「Natureとは」をよく考えます。幸せはもっと科学的に分解していったら見えてくるものがある気がする。


 

メタ認知

たとえば「飽きた」とは思っても、「何に飽きているか」は気づきにくいと思います。たとえば「怒ったぞ」っていうのと、「今、自分は何に対して怒りを感じているのか」っていうのは、まったく違う。

これはその通りだな~と思いました。怒ってるときって何に対して、何で怒ってるかが自分で正確に把握できていない。たぶん怒ってる要因にはその怒りの対象と自分のそれまで培ってきた価値観、その時の状態(自分の睡眠不足や他のストレスなど)が複雑に絡み合って怒っています。超複雑なんだけれど、「難しいから考えるのやーめた」っていうのは何か勿体ないですよね。

著者はもっと自分の「感情」を理解することが自分の幸せに繋がると説いています。これはもうマジで大賛成です。

 

 

IQが上がってる

100年前はIQの平均が今の知的障害とされてるレベルだったらしいです。これは衝撃的。

現代の人間は①抽象化②分類③想像上の出来事を真剣に考える能力が上がってるらしい。これを平たく言えば色々「楽しみ」を見出せる能力が上がってるとも言い換えられます。

 

複雑化、自由化したこの現代では、決められた楽しさだけでなく、自分でこれを楽しい!これをしたい!という事を見つけ出すことが求められます。これは凄く実感知としてあります。

 

大学で急に時間的にも金銭的にも自由になり、「なんでもやっていいよ~」という環境に解き放たれた瞬間、「僕は何をして生きていいんだ,,,課題とかゴールとか与えてよ…」という謎ネガティブモードに陥る現象が良く起こっている気がします。

この能力は自ずと伸びてきているし、更にもっと伸ばしていく必要があると感じました。

 

そこで著者の石川さんが仰っているのは、

PDCAって、ビジネスの話だけではなくて、自分が幸せに生きるための方法論としても使えるわけです。…(中略)…「幸せに生きること」には、実はみんなそんなに関心ないからだと思います。関心があるのは「今日という一日をとりあえずやり過ごすこと」。だから仕事のTo doリストはつくるけど、To Checkリストはつくらない。

さっきのメタ認知と似ていて、メタ認知が自分の感情をじっくり分解して見つめてみたように、「自分ってどうやったら幸せなんだっけ?」「今日のこの行動とか選択って自分の幸せに繋がってるんだっけ?」っていうことを考えないと分からない。

 

逆に”自分の幸せ”が自分で分かっている人はとても幸せそうに見えますし(当たり前)、芯があり安定しているように見えます。

価値基準や評価基準を外に置かず、自分で評価している感じ。

 

巷でハンドスピナーが流行ったからといって「ハンドスピナーは自分の幸せに必要ないない」と惑わされず、自分の好きなことをしています。

逆に、巷で35億が流行ったので例に漏れず自分も「…35億。」と言っていたとしても、自分の評価軸で決めているのであればそれはとても素晴らしいことだと思います。

 

 

結局は自分の感情を解析して理解し、それに沿って意思決定することが重要です。

 

 

 

習慣化

心理学的には幸せは3要素に分類できます。

  1. 快楽
  2. 意味
  3. 没頭

 

ここで少し疑問が生じます。

先ほどから言ってる、「自分の感情をチェックする」というところと「3.没頭」は相反するからです。没頭している時にメタ認知は不可能です。

 

しかしよくよく考えてみると、「理解する」という行為にはステップがあり、分析し、理解された後は習慣化されます。自転車への乗り方を理解した後は、一々考えなくても自然と乗れるように、自分の感情の操り方を理解した後は、一々考えなくても自然と操れるようになります。

そうして初めて没頭することが出来るのですね。

何においてもまず「1.快楽」(=自分が何を楽しいと思うか)をチェックし、「2.意味」(=自分がどこを目指しているか、なぜこれをやるか)をチェックし、「3.没頭」(=理解した後の習慣化)を行うということですかね。

 

 

こういった幸せになる技法を、もっと体系化して簡単に習得できる形で広めたいですねー!

カテゴリー:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です