『評価と贈与の経済学』


面白かった。お金は贈り物なんですと。



 

お前の金は皆の金

そもそも僕がバイトして稼いだ金は僕のものでしょうか。確かに労働してその対価としてお金をもらっているので普通に僕のものなのだけれど、一人で働いているわけではありません。国が電気水道道路などのインフラを整備してくれて、店長が店を作ってプロモーションしてくれて、お客さんがモノを買ってくれて初めて僕の懐にお金が入ってきますね。皆の強力がなければ成り立たないのです。

更には、小さいころから、国からの教育、医療投資のおかげで字が読めるし、病気にかかってない。家族もめちゃめちゃ投資してきてくれました。だから今バイトができます。だから今お金を得ることが可能な状態です。

 

 

こう考えると、僕は、たくさんの先人たちの下支えによって働くことが出来、生きることが出来ます。端的に言えば生かされています。

小さいころから国や地域や親や親族から色々お世話になっておいて、一度働きだしたら、受けた恩を忘れて「自分の金は自分のもの」とばかりに私利私欲の為にばかりお金を使う、もしくはお金を使わずタンスに抱え込むのは違うな、と思いました。

 

 

もっと積極的に、優しいお金の使い方をしていきたい。

 

 

人のお世話をするというのは、かつて自分が贈与された贈り物を時間差をもってお返しすることなんですから。反対義務の履行なんですよ。

 

ただ、今の社会では「情けが巡り巡って自分に返ってきている」という事実を実感しにくいことは一つ問題だと思いました。それを解決するためには、恩送りの概念を学ぶことか、社会システムを変えるほかないかと思います。

 

もっと巨大なシステムがその人の視線や価値観に入っていれば、「情けは人のためならず」の原理が分かるはずなんですけどね。小さいコミュニティを短期スパンで捉えてしまったら、何か人に貸して帰ってこなかったら、その一回で懲りて2度と貸さなくなってしまう。

 

 

 

 

 

第3のシャフト

世の中にはゲマインシャフト(地縁や血縁で自然に形成される共同体)とゲゼルシャフト(特定の目的の為に形成される共同体)と、もう一つ何とかシャフトがありそうですよね。

 

第3のシャフトという概念を体系化して、社会を考えることが重要な気がします。

超天才だなと思うGifted Academyの河崎純真さんもこのように考えておられますし、昔ながらの家族中心でも西洋型の目的中心でもない真ん中のシャフトがあるように感じます。

それは「拡大家族」と呼ばれ、この拡大家族という概念は重要だなと思います。

 

実際シェアハウスとかをやっていると、家族ではなく、ただの友達でもないという友達以上恋人未満な関係になります(違うか)。

僕が第三のシャフトで重要なのは案外「同じ釜の飯を食う」というところかな、と思っています。これは大概の部族の結束を強めるキーになっていることが多く、子供が成人し、コミュニティの一員と見なされるときに窯の飯を食うという儀式は古来より多く行われているからです。

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親切は減らない

親切にすればするほど親切の総量は増えていく。 親切にされた人は他の人に親切にするから。
これは資本主義における貨幣のやりとりとは全く違うモデルですから

 

これも面白い。今の市場は稀少性の原理によって成り立っていますが、そもそも利己的な考え抜きで「あげる」。それだけ。Pay Forwardみたいな。

この発想は何かとても重要なものな気がしていて、「等価交換」以外の上手いコミュニケーションの仕方はないのかな~と思っています。スピードがありつつ、めんどくさくなく、猶ハッピーな気持ちになれるコミュニケーションの仕方。

 

 

余談ですが、銀行が行う「信用創造」というネーミングには違和感がありました。雑に説明すると銀行がお金を又貸しすることで、銀行が運用できるお金の総量を増やす、というものですが、なぜ名付けた人は「信用」を創造としたのか未だに疑問です。

 

お金が信用というのは分かりますが、本来「信用」はもっと複雑なものかもな~と。

それと同じように、今巷で騒がれている「評価経済」もUberで★何個つけるとか、Youtubeでどれだけ登録されているか、といった数字を評価するものではなく、本来は、

公民制、シチズンシップがあるか信義に篤いか、 義理がたいか贈与されたものにきちんと反対給付義務を感じるかそういうことが優先的に配慮される環境

といったものだと思いました。

 

 

評価経済

 

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