社会を変えるために女子トイレに入ろう。


女の子が好きだ

年々女の子が好きになってきている

中高の時とかは男友達でつるんでいた方が明らかに楽しかったし、居心地がよかったけど、今となっては女の子が大好きであるし、むしろ女の子といる方が居心地がいい。だから、女子トイレに入りたい

 

 

 

 

いやまて、そういう話じゃないよ、タイトルに引っ張られた危ない

 

女子トイレに入りたいわけではないけど、なぜか女の子といると無性に居心地がいい。女の子の方がお喋りだからだろうか。それとも平均的に男よりも声が高いから話が耳に入ってきやすいのだろうか。とにかく女子トイレに入ってみたい

 

 

 

いやまてまて、そういう話じゃないよ、白鵬ばりの力で引っ張ってくるななぜそっちに話が行ってしまう

 

 

 

ふと、あの人に会いたいな~みたいなことを思うことが結構あるんだけど、そういう時に思い浮かぶのは基本女の子だし、実際普段に会っているのは圧倒的に女の子が多い気がする。今までは自分が、脳の97%を性欲に支配され右から左へ左から右へと性的対象者を追いかける三度の飯より性欲むっつりスケベ星人かと思っていたけれど、よくよく考えると実際そういうことでもないらしい

もちろん男友達もいるので、友達と飯を食おう!って時にだれを誘うかをどう判断しているのかと言うと、”性差”は関係なく”個体差”なんだね

 

おなごの血はどこだ、と意気込んで選んでいるわけではなく、自分にとって落着ける、ハッピーになれる人を選んだら僕の場合はたまたま女の子が多かった、そんな感じ

 

 

今までの教育や環境上、意識的にも無意識的にもあいつは”男だ””女だ”というフィルターがかかってしまう気がするけれど、最近は大学で受講したジェンダー学のおかげもあって、一般的な成人が持つジェンダーステレオタイプより幾分かは程度がマシになっている気がする

 

 

それを昨日、空港でトイレを利用した時に、もの凄く感じた

成田空港のトイレは外国人もたくさん利用するため、どデカいマークで「男性用トイレ」「女性用トイレ」が一瞬で識別できるようになってる

 

toilet

 

 

 

「・・・鬼のような違和感だ」

 

 

「・・・なぜ男女でトイレが分かれているんだ?」

 

 

赤と青のコントラストに目がチカチカ、脳が錯乱状態に陥ってそんなことを思ったのではなく、よくよく考えると男女でトイレを分ける理由もメリットも思いつかない

 

ガチでめちゃめちゃ不思議に思ってしまい出るものも出なかった不思議で仕方がない

 

 

”性犯罪が~~”

”異性に見られるとハズかしい~~”

みたいなのは全部思い込みなので、変な男女別の教育さえされなければ、そんな感情は抱かない。僕たちは先祖代々、ジェンダーステレオタイプという無駄な思い込みを大事に受け繋いできた感があるので、それをここらで断ち切り、男女互いの偏見と、そもそも”男””女”で区別できるほど人間は単純な構造で出来ていないことを理解すべきじゃなかろうか

 

見てみろ、アフリカ奥地の飛び跳ねている民族を!!

見てみろ、ジャングルで踊り狂っている部族を!!

 

全員素っ裸だったり、女と女で結婚のような関係を築いていたり、変な思い込みが一切なければ自由なはずなんだ、彼らは性犯罪に悩まされてない、恥ずかしがってないゾ!!

 

 

女をトイレで見ようと性的興奮は喚起されない、微塵の恥ずかしさも抱かない、あわよくば手と手を取り合い、音姫と音姫が織りなすハーモニーの中で既存の価値を超える脱糞行為が行えるのではなかろうか

それはつまり社会的な問題であるLGBT問題の軽減を意味し、於いては人類並びに霊長類が分け隔てられてきた雄雌の争いに終止符を打つことを意味し、それは女子更衣室、女湯、給食の時間に3年2組の教室の左後ろで班から抜け出し勝手にグループを作り女子トークをしている「男子~これほんと繊細な話なんだからアッチ行っててぇ~」集団といったありとあらゆる女の場を開放することを意味し、それはつまり、僕が今まで見ることが出来なかった聖域に、パラダイスに、ユートピアに足を踏み入れチラ見のみならずガン見出来るヤッホイいえ~い!!!!ということを意味する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です